なぜ炎上までして自己承認欲求を満たそうとするのか。SNS時代ならではの「見られたい不安」があるのかもしれない

日記

最近、SNSを見ていると、

「なぜそこまでして注目を集めようとするのだろう?」

と思う出来事をよく見かけます。

過激な発言。

迷惑行為。

わざと批判を集めるような投稿。

時には炎上してまで話題になろうとする人もいます。

もちろん全員がそうではありません。

しかし、現代社会には以前よりも強い「見られたい」という空気が存在しているように感じます。

SNSでは数字がすべて見える

昔は、自分の存在がどれだけ評価されているかを数字で見る機会は多くありませんでした。

しかし今は違います。

  • いいね数
  • リポスト数
  • フォロワー数
  • 再生回数

自分への反応がリアルタイムで数字になります。

数字が増えれば嬉しい。

減れば不安になる。

気付かないうちに、他人からの評価を意識してしまいます。

「誰にも見てもらえない不安」

私は、炎上目的の行動の背景には、

「誰にも見てもらえない不安」

もあるのではないかと思っています。

現代は情報があまりにも多い時代です。

毎日膨大な投稿が流れていきます。

普通に発信していても、すぐに埋もれてしまう。

だからこそ、

「何か強いことを言わなければ」

「目立たなければ」

という気持ちが生まれるのかもしれません。

何かを残したいという感情

社会が不安定になるほど、

人は「自分がここにいる証拠」を求めることがあります。

仕事でも将来でも不安が多い時代だからこそ、

SNS上で反応を得ることで存在を確認したくなる。

誰かに見てもらう。

誰かに反応してもらう。

それが一種の安心感になっている人もいるのではないでしょうか。

炎上は本当に満たしてくれるのか

ただ、注目を集めることと、満たされることは別だと思います。

一時的に話題になっても、

批判や攻撃が集まれば心は消耗します。

「見られたい」という気持ちが、

結果的に自分を苦しめてしまうこともあるでしょう。

だからこそ、炎上による注目は長続きしないのだと思います。

私たちも無関係ではない

SNSを使っていると、

「もっと反応が欲しい」

と思うことは誰にでもあります。

ブログを書いていても、

読まれると嬉しいですし、反応がないと少し寂しくなります。

承認を求めること自体は、決して悪いことではありません。

問題なのは、そのために自分や他人を傷つける方向へ進んでしまうことなのだと思います。

最後に

なぜ炎上までして自己承認欲求を満たそうとするのか。

その背景には、

SNS社会特有の「見られたい」という感情と、

「誰にも見てもらえない不安」があるのかもしれません。

情報があふれる時代だからこそ、

普通でいるだけでは埋もれてしまう。

だから何かを残したい。

誰かに気付いてほしい。

そんな気持ちが強くなっているように感じます。

もちろん、これは私の個人的な考えです。

ただ、SNSの炎上を単なる迷惑行為として切り捨てるだけではなく、

その奥にある「現代人の不安」について少し考えてみることも必要なのかもしれません。

お気軽に共感した方はまた読みに来てください!では、また会いましょう!

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