夏休みになると、ショッピングモールやレストラン、観光地、電車など、さまざまな場所で子どもたちを見かける機会が増えます。
元気いっぱいに遊ぶ姿を見ると、「夏休みが始まったんだな」と季節を感じますし、子どもらしい無邪気な姿に微笑ましくなることもあります。
しかし、その一方で気になる場面に遭遇することもあります。
レストランで子どもが店内を走り回っていたり、大きな声で騒いでいたりしているのに、隣では保護者がスマートフォンを見たままで特に注意をしていない。
もちろん、その一場面だけを見て家庭の教育方針や親子関係を判断することはできません。
子育ては本当に大変ですし、保護者も毎日忙しく、心にも時間にも余裕がないこともあるでしょう。
それでも私は、公共の場でのマナーを教えることは、親の大切な役割の一つではないかと思っています。
しつけは親のためではなく、子どものため
「まだ小さいから仕方ない。」
確かにそういう場面もあります。
子どもは失敗を繰り返しながら成長していくものです。
だから、一度騒いだからといって責める必要はありません。
大切なのは、その後です。
「ここでは静かにしようね。」
「走ると危ないよ。」
「周りには他のお客さんもいるよ。」
そんな一言を積み重ねることで、少しずつ社会のルールを覚えていくのだと思います。
しつけは親が楽をするためではありません。
将来、その子が社会に出たときに困らないようにするための準備なのだと思います。
社会では「当たり前」が求められる
社会人になると感じますが、多くの職場では特別な能力よりも、まずは基本的なことが求められます。
時間を守る。
挨拶をする。
人の話を聞く。
周囲へ配慮する。
これらは誰かが教えてくれなければ、自然と身に付くものではありません。
だからこそ、家庭で教わることには大きな意味があります。
大人になってから「そんなことも知らないの?」と言われてしまうのは、本人が一番つらい思いをします。
子どもの頃に身に付けた習慣は、その後の人生を支える大切な土台になります。
子どもは親の姿をよく見ている
子どもは言葉以上に、大人の行動を見ています。
親が店員さんに「ありがとうございます」と言えば、その姿を見て覚えます。
電車で高齢者に席を譲れば、それも自然と学びます。
逆に、公共の場でマナーを守らなかったり、周囲への配慮を欠いた行動をしていれば、それも「普通のこと」と認識してしまうかもしれません。
「子どもは親の背中を見て育つ」という言葉がありますが、本当にその通りだと思います。
しつけは言葉だけではなく、親自身の行動も含めて伝わっていくものではないでしょうか。
愛情があるからこそ、注意する
最近は「叱ること」を避ける風潮もあるように感じます。
もちろん、感情的に怒鳴ることは良くありません。
しかし、何が良くて何がいけないのかを伝えることは、決して悪いことではありません。
本当に子どものことを考えているからこそ、
「これはやめよう。」
「次はこうしてみよう。」
と教えるのだと思います。
優しく接することと、必要な場面で注意することは両立できます。
むしろ、その両方があってこそ、本当の愛情なのではないでしょうか。
最後に
子育てに正解はありません。
家庭ごとに考え方も違いますし、事情もさまざまです。
だから、一つの場面だけで保護者を批判するつもりはありません。
それでも、公共の場でのマナーや社会のルールを教えることは、子どもが将来困らずに生きていくための大切な教育だと思います。
子どもはこれから何十年も社会の中で生きていきます。
だからこそ、小さい頃から挨拶や思いやり、周囲への配慮といった「当たり前」を少しずつ身に付けていくことが、子どもにとって何よりの財産になるのではないでしょうか。
しつけは親を楽にするためではなく、子どもの未来をより良いものにするための贈り物なのだと、私は思います。
お気軽に共感した方はまた読みに来てください!では、また会いましょう!

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